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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)64号 判決 1960年2月15日

第一審 原告 (第六四号事件被控訴人・第六八号事件控訴人) 永瀬武雄 外一名

第一審 被告 (第六四号事件控訴人・第六八号事件被控訴人) 槇利夫

主文

原判決中、第一審被告敗訴の部分を左のとおり変更する。

第一審被告は第一審原告永瀬武雄に対し金六万五、九一九円及びこれに対する昭和三二年一二月一四日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

第一審原告有限会社永瀬商店の請求はこれを棄却する。

第一審原告等の控訴はすべてこれを棄却する。

訴訟費用中、第一審原告有限会社永瀬商店に関する分は第一、二審とも同第一審原告の負担とし、その余は第一、二審を通じてこれを三分し、その一を第一審原告永瀬武雄の負担とし、その二を第一審被告の負担とする。

この判決は第二項に限り、第一審原告永瀬武雄において金一万五、〇〇〇円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一審被告は、「原判決中第一審被告敗訴の部分を取消す。第一審原告等の請求はこれを棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告等の負担とする。」との判決を求める旨、第一審原告等は、「原判決中、第一審原告等敗訴の部分を取消す。第一審被告は第一審原告永瀬武雄に対し金四万二、五〇〇円、第一審原告有限会社永瀬商店に対し金一万二、五〇〇円及びそれぞれ右金額に対する昭和三二年一二月一四日より完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求める旨申立て、当事者双方は各相手方の控訴人に対し控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、

第一審原告等において、

(一)  凡そ自動車を運転せんとする者は、法令に準拠し、かつ、運転に必要な注意を払うべきであるのにかかわらず、第一審被告(以下単に被告という)は、昭和三二年八月九日午後一〇時二〇分頃同人が社長である訴外槙工業株式会社所有名義の乗用車(埼す〇九三〇号)を法令に定められた運転の資格を持たず(道路交通取締法第七条第一項第二号)、かつ、酒気を帯び酔余正常運転できない状態(同法同項第三号違反)において自ら運転し、仲仙道を北方より南方に向い浦和市常盤町二丁目一二二番地先の路上に差しかかつたのであるが、同人は酔余不馴れな運転に、道路の殆んど中央あたりを蛇行し(同法第三条対面交通違反)ていたが、同地先森田タイヤ修理所前に同道路左側を南方より北方に始動速力の程度で運転進行して来た第一審原告永瀬武雄(以下単に原告永瀬武雄という)の自動三輪車(被告のジグザグ運転に危険を感じ急停車した瞬間)があることに、なんらの注意を払うことなく、急激に同左側に右折暴走し、よつて右自動三輪車の右側に激突し、ために同車は仲仙道西側端の線スレスレのところまで約五間程逆行させられて大破し、原告永瀬武雄は傷害をうけたものであつて、右は、被告が左側交通すべき法令上の義務に違反して無謀な操縦をなし、かつ、前方注意義務を怠つた過失によるものであることは明白である。

(二)  原告永瀬武雄が第一審原告有限会社永瀬商店(以下単に原告会社という)の代表取締役であり、同人に対する本件傷害行為自体が原告会社に対する侵害でないことは勿論であるが、その傷害の結果財産上の損害が何人について発生するかは別個に考えなければならないものである。本件の如く、被告の不法行為による身体の傷害を受けた個人が会社の取締役であり、いわゆる個人会社である関係上会社の経営業務一切を担当する者であつたため、取締役である個人の蒙つた傷害の結果会社の経営業務の執行に支障を来たし、会社が経済上の損害を蒙るに至つた場合は、結局被告の不法行為により原告永瀬武雄が身体上財産上の損害を蒙ると同時に、同人が取締役である原告会社も亦財産上の損害を受けたものというべきであり、被告の不法行為と原告会社の損害との間には当然因果関係を認めるべきである。

(三)(1)  原告永瀬武雄が原告会社と共に支出負担した訴訟代理人の手数料の損害は、被告の不法行為による損害として容認せらるべきものである。すなわち、被告は本件事故発生後原告永瀬武雄の家族、親族等よりの数回にわたる交渉にもかかわらず、入院治療費さえ速やかに支払に応じようとせず、被告自ら調停申立をしながら、僅かに金四、五万円以上の支払はできないと称して、調停不調としたので、原告等はやむなく、本訴を以て請求するに至つたものであり、右の如く被告の不当な義務懈怠、債務否認の行為に対処するため、原告等が弁護士に依頼し、手数料を支出するの止むなきに至つた損害は、被告の当然予見しまたは予見し得べかりしものといわなければならない。

(2)  原告永瀬武雄が本件事故のため支出した雑費は、次に述べるとおりで、これら雑費の支出は社会生活の通念上当然生ずべきもので、かつ、何人も予見しまたは予見しうべかりしものである。

1  金三、九九〇円

見舞客、事故対策来客等の打合せの際の飲食代、但し酒二升は青果市場の見舞に対し、原告永瀬武雄不在中の世話を依頼した際の附届けである。

2  金一万八、三三八円

見舞に対する返礼に使用したもの。

3  金八、二四〇円

遠方の見舞に対する返礼に現品を使用したもの。

以上合計金三万〇、五六八円

と述べた外、原判決事実の部に書いてあるとおりである。

当事者双方の証拠の提出、援用、認否は、当審で新たに、原告等は、甲第六号証、第七号証の一ないし九を提出し、当審における原告永瀬武雄の本人尋問の結果を援用し、被告は、当審証人小島洋造、新井進、鈴木義夫の各証言を援用し、右甲号各証の成立を不知と述べた外、原判決記載のとおりである。

理由

昭和三二年八月九日午後十時二十分頃埼玉県浦和市常盤町二丁目一二二番地先旧仲仙道道路上において、被告の運転する乗用車が原告永瀬武雄の運転する自動三輪車に衝突して、右自動三輪車が破損し、原告永瀬武雄が頭部及び顔面挫傷、両膝部打撲擦過傷、右第一趾挫傷並びに腰部等の打撲出血多量の傷害をうけたことは、当事者間に争のないところである。

まず、右事故が被告の過失によつて生じたものであるかどうかについて検討する。

成立に争のない甲第五号証の一ないし八の記載、原審証人小野寺一男、赤塚政一の各証言、原審並びに当審における原告永瀬武雄本人尋問の結果を綜合すれば、被告は同日午後九時頃から北浦和駅東口の料理店東荘において飲酒し、午後十時二十分頃同店より浦和市原山新田三二八番地(当時の被告の住所)の自宅に帰るべく前記乗用車を運転し、仲仙道を北方から南方に向い道路のほぼ中央を時速約三十粁の速力で進行していたが、同人は相当酩酊していたため、その運転もとかくジグザグとなり、浦和市常盤町二丁目一二二番地先の路上に差しかかつた際道路の中央附近に人影を発見し急遽ハンドルを切つたが、たまたま同地先道路左側を南方より北方に運転進行していた原告永瀬武雄の自動三輪車のあることに気付かなかつたため、その右端に衝突させてはねとばしたことが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。凡そ道路上で自動車を運転する者は、常に、前方に注意を払い他人の生命身体財産に危害を加えることのないようにしなければならない義務を負うことは勿論であるのに、被告は右認定の如く酒に酔うたまま自動車を運転し前方注視の義務を怠つたため、前記事故を惹起するに至つたものであるから、右事故は被告の過失に基因するものといわなければならない。

よつて、被告は右事故により原告永瀬武雄の蒙つた一切の損害を賠償すべき義務があることは勿論である。

よつてその損害の数額について考えるに、原告永瀬武雄が被告に対し、原判決においてゆるされた通院治療費その他財産上の損害金合計一万五、九一九円及び慰藉料金五万円を請求しうべきことは、まさに原判決の説示するとおりであるから、この点については理由の説明をくりかえさない。原告永瀬武雄は、右の外見舞客、事故対策来客等の打合せの際の飲食代、見舞に対する返礼に使用した金品合計金三万円並びに本訴及び調停申立のため弁護士に支払つた手数料金一万二、五〇〇円を損害として、その賠償を請求しているけれども、右の如き損害は本件不法行為により通常生ずべき損害とは言い得ないし、被告が右損害の発生についてこれを予見しまたは予見しうべかりし事情にあつたことは、これを認めるに十分な証拠はない。

してみると、被告は原告永瀬武雄に対し、財産上の損害金合計一万五、九一九円及び慰藉料金五万円計金六万五、九一九円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和三二年一〇月一四日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、(被告主張の過失相殺の抗弁の採用し得ないことは原判決理由記載のとおりである。)原告永瀬武雄の本訴請求は、右限度において正当としてこれを認容すべきも、その余の請求は失当であるから、これを棄却すべきものとする。

次に、原告会社の請求について考える。

原告永瀬武雄が青果販売を業とする原告会社の代表取締役であり、殆んど一人で仕入販売等会社の業務執行に従事していたことは、当事者間に争がなく、原審並びに当審における原告永瀬武雄本人尋問の結果によれば、原告永瀬武雄が本件事故により傷害を受けたため或る期間原告会社の業務を執行することができず、ために原告会社の営業成績が悪くなり損失を蒙つたことが認められる。原告会社は、被告の惹き起した本件事故は、原告永瀬武雄個人に対する不法行為であると同時に、同人が代表取締役である原告会社に対する不法行為であると主張する。

そこで原告が原告会社に生じた損害として主張するものを見ると、それは代表取締役である永瀬武雄が会社のために行うべき業務が本件事故のために行えなくなつたことに因つて会社に生じた損害である。法律的にこれを見れば会社が取締役に対して有する職務執行の請求権が侵害せられたことによつて会社に生じた損害と認められるのである。しかしながら被告が前記の事故を起した際に原告会社の有する取締役に対する右の請求権を侵害することの認識を有したものとは認められないし又その認識を持たなかつたことに過失があつたと認むべき何の根拠もない。すなわち原告会社の利益侵害について被告に故意過失の認むべきものがないから、本件事故により原告会社に対する不法行為の成立すべき理由がない。されば原告会社の本訴請求の理由のないことは明である。

以上の理由により、被告の控訴は一部理由があるから、原判決中被告敗訴の部分を主文のとおり変更し、原告等の控訴はいずれも理由がないから、これを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 角村克己 菊池庚子三 吉田良正)

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